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│研究日誌 第12日目 エリー記す
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標題:生理的老化と病的老化について
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「エリー先生、僕の家の隣にいつもミカンとかお煎餅とかくれるおばあちゃ
んが住んでいるんですよ。」
ハル君の話はいつも唐突です。
「はぁ、そうですか。それはよかったですね。仲良しなんですか?」
「はい。仲良しです。たまにおばあちゃんの家にお邪魔してお茶を頂くこと
もありますよ。あぁ、そういえば今年の初場所で朝青龍が優勝したじゃない
ですか。おばあちゃん朝青龍のファンだったんで、すっごい喜んでました。
千秋楽の日もお邪魔してたんですけど、その夜は"お祝いだ"とか言ってスキ
ヤキをご馳走になりましたよ。」
「ずいぶんと仲良しなんですね。」
えーと、ハル君はなんの話がしたいのでしょう?
「いやーあはは。孫みたいに可愛がってもらってます。でもそのおばあちゃ
ん、この間ちょっと転んで手を着いた拍子に、手首の骨を折ってしまったん
ですよ。なんでも骨粗鬆症だったらしくて、見事にポッキリだそうです。家
事とか大変みたいで、今は結婚して家を出た娘さんなんかが手伝いに来てる
みたいです。」
「それは大変ですね。」
「ところでハル先生、骨粗鬆症は老化現象なんですよね?特に閉経後の女性
は女性ホルモンが減って骨密度が一気に低下するって言いますけど。」
あぁ、やっと話が見えてきました。骨粗鬆症ですか。
「そうですね。加齢が一番のリスクであることは事実でしょう。でも骨粗鬆
症は病的老化の一種と言われてます。」
「病的老化ですか?普通の老化とどこか違うのでしょう?」
「老化には大きく生理的老化と病的老化があります。簡単にまとめると、
○生理的老化とは加齢に伴う生理的な機能低下を指し、すべてのヒトに不可
逆的に起こる。
○病的老化とは生理的老化の過程が著しく加速され、病的状態を引き起こす
ことを言い、一部のヒトにしか起こらず、治療によりある程度可逆的であ
る。
と言ったところです。不可逆的というのは一方方向、もとに戻らないと言う
意味です。可逆的というのはもとに戻ることが可能と言う意味です。
ちなみに生理的老化と病的老化の区別は必ずしも明瞭では無いです。
顕著な臨床症状が出なければ生理的老化で、病的な臨床症状を示すものが病
的老化として対応してます。」
「なるほど〜。生理的老化はどうしようもないけど、病的老化はなんとかな
るってことですか。ということは病的老化の骨粗鬆症は治療でもとに戻るこ
とができるってことになりますね。」
「その通りです。カルシウムをたくさん取るとか、運動をしたりすれば、骨
密度はある程度回復して、骨粗鬆症では無くなります。骨密度を上げる薬も
ありますし。」
「そういえば、隣のおばあちゃんが骨折ったから牛乳を良く飲むようになり
ましたよ。ところで生理的老化と病的老化に明瞭な基準は必ずしも無いと先
ほどおっしゃってましたけど、骨粗鬆症にも基準はないんですか?」
「いいえ、あります。骨量が若年成人平均値の70%を下回ると骨粗鬆症と診
断されます。」
「それは分かり易いですね。骨粗鬆症以外では病的老化はどんなものがある
んですか?」
「例えばアルツハイマー病も病的老化に分類されますね。加齢に伴って健忘
症、つまりもの忘れをするようになります。記憶障害とも言います。とにか
く年相応のもの忘れは生理的老化によって万人に出てくるものです。でもそ
れがあまりにひどくなると失語や徘徊、精神混乱を来たすようになり、さら
に進むと日常生活が送れないほどの高度の認知症、つまり痴呆となります。
」
「こっちは骨粗鬆症よりずっと怖いですね。」
「私もそう思います。骨粗鬆症と違ってまだ認知症を治す方法は確立してる
とは言いがたいですし。」
「病的老化か〜……。生理的老化がどうしようもないなら、病的老化を防ぐ
方法を探すべきなんでしょうか?」
「ハル君、確かに病的老化を防ぐ方法を研究することは重要です。でも諦め
てはいけません。確かに今は生理的老化はどうしようもないものですが、研
究が進んで生理的老化を防げるようになれば、生理的老化が加速した病的老
化も防げるということです。言わば一石二鳥です。」
「あ!そうか!そうですよね!僕としたことがついつい弱気になってしまい
ました!」
「その調子です。長い道のりになると思いますが、がんばりましょう。」
「はい!エリー先生ありがとうございます!気合150%です!」
ハル君は素直ですね。単純とも言うかもしれませんが……。最近すっかりハ
ル君の扱いに慣れてしまいました。
│備考欄 (今日の要点)
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老化には生理的老化と病的老化がある。
生理的老化が加速すると病的老化として臨床症状が出てくる。
病的老化は治療によりもとに戻ることが可能である。
●参考文献
※生理的老化と病的老化:老年医学テキスト 改訂第3版、P.13、日本老年医
学会編、メジカルビュー社(2008)
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