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│研究日誌 エリー記す
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第52日目 ホメオスタシスの崩壊が老化を呼ぶ
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「ハル君、 Klotho マウスって聞いたことありますか?」
「もちろんですよ!エリー先生! Klotho っていう遺伝子を破壊したマウス
ですよね。老化が早まっているように見えるマウスと言うことで数年前に話
題になってました!老化のメカニズムの研究に用いる研究者がたくさんいた
と思いますけど。」
「その通りです。たった一つの遺伝子を壊しただけで、成長したあとすぐに
老化に似た症状が出てくるマウスです。」
「具体的にはどんな症状なんでしたっけ?」
「まとめて見ましょう。」
Klotho マウスの変異表現型
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短寿命、成長遅延、活性減少、老年性皮膚萎縮、肺気腫、難聴、運動失調、
歩行以上、心臓機能障害、Monckeberg型動脈硬化症、低回転性の骨密度の減
少、異所性石灰化、ホルモン制御異常、不妊性(成熟障害)、血糖制御異常、
胸腺萎縮、B細胞分化障害
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「うーむ……なんだかよく分からないのもありますけど、老年性皮膚萎縮や
難聴、胸腺萎縮なんてところは老化現象と同じですね。」
「それ以外もほとんどが加齢に伴い起きてくる現象と同じですよ。」
「そうなんですか。ところでエリー先生、 Klotho の研究は今はどれくらい
進んでいるのでしょうか?」
「 Klotho 自体はもうどんなものなのか判明していますよ。まず、 Klotho
遺伝子は Klotho タンパク質の設計図でした。そして Klotho タンパク質は
細胞膜上にある受容体(FGF受容体)の一部として働いていて、腎臓における
リン酸とビタミンDの代謝を制御していました。その他に Klotho タンパク
質は酵素としても働いていて、カルシウムイオンチャネル(カルシウムイオ
ンが細胞中に入る時に通る穴)の開閉を制御をしていました。」
「なるほど。ということは、 Klotho マウスが老化が促進されたように見え
たのは、リン酸、ビタミンD、カルシウムイオンの調節が上手くできなかった
からということですね?」
「そうです。ところで老化の学説の一つにはホメオスタシス(恒常性)の崩壊
が老化をもたらす、というものがあります。 Klotho マウスでは Klotho タ
ンパク質が無いために、まさに生体内の重要な生理機能が崩れた状態、つま
りホメオスタシスの崩壊が起きていると考えられます。生体はさまざまな調
節機構が複雑にネットワークを作ってお互いに制御しあっていますから、ど
こか一部が崩壊するとまるでダムが決壊するように全体で崩壊が進み、その
結果が老化となって現れることは十分に考えられます。」
「 Klotho マウスは老化のホメオスタシス崩壊説を裏付ける証拠ということ
ですか?」
「私はそう考えています。ところでハル君、この研究の結果をアンチエイジ
ングに活かそうと思ったら、何をどうすれば良いということになりますか?
」
「うーん……そうですね〜、老いを避けるにはホメオスタシスを崩さなけれ
ば良いということになると思うので、全体のバランスを保つこと、一つとし
て生理機能に障害を起こさないように気を付けること、というところでしょ
うか。」
「良い答えです。具体的に言えば、肝臓の機能障害を避けるには大酒をしな
い、腎臓の機能を守るには塩分の摂り過ぎや肥満を避ける、脳の神経細胞死
を避けるには過度なストレスや睡眠不足に気を付ける、というような対策を
取ることが考えられます。」
「あはは、結局はカラダに悪いと言われていることは避け、良いと言われて
いることをせよ、ということですよね。なんだか当たり前の結論になってし
まいましたか。」
「なってしまいましたね。でも、そういうことです。」
│備考欄 (今日の要点)
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Klothoマウスは老化のホメオスタシス崩壊説を支持する証拠の一つ
カラダに悪いと言われていることは避け、良いと言われていることをする
●参考
Klothoマウスの表現型:井出利憲 編、『老化研究がわかる』、p.33、羊土
社(2002)
Klothoの機能:Kuro-O M. Klotho and aging. Biochim Biophys Acta. 2009
Feb 20.
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